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December 11, 2006

4. "Electra" by Theatro Domatiou

今年の夏のギリシャ旅行、旅行記の続きが全然書けていません…。
次の旅行に行くまでに書き終わるのでしょうか? って感じがし始めていますが、小出しに書いていきますのでのんびりお付き合いください。

さて、久しぶりに思い出して、7月20日(木)の分の日記を書きます。なんと、まだ到着二日目です。日程などはこちらをごらん下さいね。↓

2006 夏のギリシャ旅行 日程
 http://www.bouno.net/archives/2006/09/2006_10.php

Electra by Theatro Domatiou
 http://www.hellenicfestival.gr/site/events/event_en.php?evNo=977

会場 : Theatre Scholeion
 http://www.hellenicfestival.gr/site/places/sxoleion_en.php

過去記事 : 2. フェスティバルチケット手配
 http://www.bouno.net/archives/2006/09/2.php

ヘロデス・アティコスやエピダウロスでは何度かギリシャ劇を見ていましたが、出演している劇団はたいてい国立劇場か地方公立劇団、または有力な常連の劇団です。舞台も始めから大劇場用に制作されたものでした。小劇場の公演も一度見てみたいな…とは思っていたんですが、そういった舞台はどうやらフェスティバルの時期ではないらしいと聞いていました。そうなると、旅行の時期とぶつかるかどうか分からないし、公演の情報を集めるのも難しそうだし、なかなか見るチャンスはないかなと思っていました。

ところが今年はアテネ・フェスティバルの公式サイトで、二つの大劇場以外でも大小さまざまなイベントが開かれることが分かりました。旅行の予定と見比べてみると、ちょうどこの『エレクトラ』が上演される時期にアテネに着くことになっていたので、どうしても見たくなってしまったのです。

運良くチケットを譲ってもらえた私は、ウキウキしながら会場へ。昼間は静まり返っていた Theatre Scholeion でしたが、開演前には人が集まり始めていました。

ライトアップされると、石造りの建物はとても幻想的な雰囲気。

開演前、劇場の壁に、ギリシャ神話や悲劇の背景をつづるフィルムが投影されていました。

Scholeion の紹介ページには室内円形劇場の写真が掲載されていますが、これは舞台A(350人収容)のほう。『エレクトラ』の上演はこの円形劇場でなく、200人収容の舞台Bのほうでした。倉庫を改修してつくったものらしく、重い金属製の扉が開かれると、すぐ舞台と客席になっています。 舞台と言っても、床をそのままステージとして使うので、観客はひな壇状の客席から芝居を楽しむ形になります。

劇場に入ってまずはっとしたのは、床一面に色とりどりのカーネーションが敷き詰められていること。舞台装置としては、無機質なステンレスのテーブルが、迷路を作るようにいくつも並んでいるだけです。テーブルの足元には、タンクトップとアーミー・パンツ、ワークブーツを無造作に身につけた、痩せて髪の短い女性が背中を丸めてうずくまっています。こんなシンプルな仕掛けの中で、舞台は始まりました。

Theatro Domatiou という劇団は初めて聞く名前でしたが、これはもちろん私がギリシャの芸能事情について知らないだけで、とても実力のある劇団なんだろうな、と思いました。登場人物の感情を表現することや、観客の感情をゆさぶることが、非常に巧みな人々だったのです。

劇はソフォクレスの脚本に従って、大きな変更無く進んでいきました。はじめ、考古学者風の男が一人で登場してミケーネやアテネの民主制の話を語り、突然大音響の音楽とダンスが始まったときは少し焦りました。
「まずい、脚本が大きくアレンジされていたら、私のギリシャ語力では聞き取れない…」
でも、考古学者風の男はオレステスとピュラデスに従ってきた守役で、大音響のダンスはアイギストスが宮殿で毎月開く、歌と踊りの催しだったのです。
踊り疲れて横たわる人々と、夜更け、密かにセックスを始める男女。かつてエレクトラの父を惨殺した、アイギストスとクリュタイムネストラです。彼らのすぐ近くで、先ほどの痩せた女性が、踊りにも加わらず床をのた打ち回りながら、搾り出すような声で胸のうちを語り始めます…。この、目の落ち窪んだ、悲しみと恨みに取り付かれたような視線を持つ女性がエレクトラなのでした。

始まって間もなくのこの場面だけでも、台詞によって説明するわけではないのにさまざまな感情が呼び起こされました。宮殿の祭の退廃的な感じ、アイギストスとクリュタイムネストラの身勝手さと、それに対する軽蔑や怒り、エレクトラの孤独と惨めさ、彼女の怒りと、その激しさへの不安。
エレクトラ役の女性-パンフレットが無いので良く分からないのですが、パルセノピ・ブズリ Παρθενόπη Μπουζούρη という方だと思います-の感情表現はあまりにも激しくて、まるで本当に何かが憑り付いているのではないか? と思えたほどでした。沈黙しているときや、小声でささやいている場面さえ、ぞっとさせるものがありました。妹のクリュソテミスやコロス(三人)を演じていた、清楚なギリシャ美人とは対照的です。

Παρθενόπη Μπουζούρη - 4枚目の写真
 http://www.10percent.gr/issues/200504/03.html

一方、彼女の母親クリュタイムネストラを演じる、アンジェラ・ブルスクー Άντζελα Μπρούσκου の迫力もすごいです。

Άντζελα Μπρούσκου - 2枚目の写真、左
 http://tovima.dolnet.gr/print_article.php?e=B&f=13694&m=C03&aa=1

貫禄のあるストレートの黒髪。この母親が、悪夢を見たのでアポロンに捧げ物をするという用向きで、館の中から登場します。なんと、シンプルなキャミソールドレスにゴールドのライダースジャケットを羽織り、黒いサングラスにスカーフで髪を覆って、手には黄金のチェーンや金貨を一握り。その、手にした財宝をコロスに向かって放り出せば、さっきまでエレクトラに同情していたはずのコロスたちは、こぞって床に落ちた財宝を拾い集めるのです。どんなにエレクトラに味方している風を装っても、やはり裕福で権力を持った王妃には逆らえない…、そんな様子に、思わず笑ってしまいました。クリュタイムネストラの「祈り」も振るっていて、コロスがうやうやしく運んできたマイクを手に、歌い上げるように祈るのです。どうか、自分の身に不幸が起こりませんように、と。コロスは揃って拍手までする始末。

そんなふざけた母親も、息子の死の知らせの前には動揺を見せます。でも、声を震わせたり身をよじったりするわけではありません。どんな死に方をしたのか教えてくれと言ってタバコに火をつけ、横を向き足を組んで腰掛け、ただ何も言わずに、じっと使者の報告を聞いていたのでした。
「幸運と呼ぶべきか、利益をもたらす不幸と言うべきか」
という複雑な心境を表すのに、こういう表現のしかたもあるのかと思いました。

また、この二人についで印象深かったのはアイギストスでした。
原作では最後の場面だけに登場し、すぐオレステスに殺されてしまいます。上演でもその通りに演じられることが多いので、出番が少ない役なのです。しかしこの舞台では、台詞は無いながら冒頭の宴会の場面に登場しています。その後も、上演の間を通して舞台のどこかで役者たちの様子を見ていて、エレクトラを嘲笑ったりクリュタイムネストラと絡んだりもしているのです。姿は見えないけれど、ずっとアイギストスの影がちらついている、という感じを受けました。質の良いスーツを着ているのですが、どこかだらしなくて、とてもミケーネを立派に統治しているようには見えません。役者さんの写真が見つけられなかったんですが、井上順の若いときにそっくりで、いい男なんですけどね。
本当の「登場」場面では、袋入りのポテトチップスをバリバリとほおばりながら、ニヤついた顔をして登場。まるで酔っ払いのようです。ポーキスからいい知らせが来た、と聞いて大喜び。エレクトラ・オレステス姉弟でなくても殺してやりたくなるかもしれませんね。

館の扉が開かれると、クリュタイムネストラの死体(アイギストスはオレステスだと思っている)が台に横たわって引き出されるのですが、布で覆われた台には、実は何も乗っていません。オレステスの後ろを影のように、額から血を流したクリュタイムネストラの幽霊が無言でついてくるのです!

アイギストスの台詞
「お前はクリュタイムネストラを呼んで来い」
これに答えるオレステス
「ここにいる。あなたの眼の前に。ほかを探す必要はない」
布をめくると、幽霊になったクリュタイムネストラが、グラスに入った赤い血のような液体を台の上にぶちまけるのです。

この場面は本当に怖かったです! ホラーを見ているのかと思いました。これ以来、ソフォクレスの「エレクトラ」を見たり読んだりしていると、どうしてもこの場面が頭をよぎってしまいます。

原作では、ソフォクレスは姉弟の復讐を否定してはいませんが、 Theatro Domatiou の舞台ではオレステス伝説の続きも考慮しているようです。アイギストスを殺し、復讐を遂げた姉弟ですが、先ほどから現れているクリュタイムネストラの霊に苦しめられ始めます。
自分たちが行ったことは正しかったのか? そのことに疑問を持ちながら、開け放たれた扉から劇場の外へ、逃げるように走り出します。

じゃあどうすれば良かったのか? ということは、劇の中では語られていません。公式サイトの解説にもそう書いてあったのですが、見終わってなるほどと思いました。どうすれば良かったのか? ということは、観客が自分自身で考えなければならないようです。
でも、この芝居では表現の仕方がとても面白くて、役者の演技と演出の妙を存分に楽しむことができました。たっぷり二時間の上演でしたが、大満足です。
機会があれば、こんな作品をもっとたくさん見てみたいと思いました。

※文中の台詞は、すべて劇書房「エレクトラ」(山形治江訳)より引用しました。
 「エレクトラ」 劇書房、山形治江訳(amazon.co.jp)

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