2005年06月06日
『慈(めぐ)みの女神たち』 平松れい子
- bouno
- 22:28
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- カテゴリー:Shizuoka春の芸術祭 |
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演出:平松れい子(Ms.NoTone)
場所:楕円堂
2005年06月04日 14:30~
私にとっては分かりにくくて苦手な作品でした。
お話の筋は追えるんですけれど、このお芝居で作り手が表現したかったこと、伝えたかったことなどを、なかなか受け取ることができないままに上演が終わってしまいました。
別の方は「すごく良かった!」と言ってらしたので、受け手の質の問題なのかなぁ…と思うと残念でなりません。でも仕方ない。「オレステイア」を読み込んで、いつか出直します。
念のためメモ。
お話は、母殺しの罪を犯したオレステスが復讐の女神に追われ、諸国を放浪。後にアテネで裁判を受け、無罪となるまでの物語。復讐の女神は立会人アテナに抗議するが、和解してアテネの守護女神(慈みの女神たち)となる。
この日の上演では、ほかに別の二つの悲劇作品の場面が織り込まれていました。一つは、『アガメムノン』よりクリュタイムネストラによる夫殺しの告白。もう一つは、『オレステス』よりテュンダレオス(クリュタイムネストラの父、つまりオレステスの祖父)による、オレステス糾弾の場面。
復讐の女神は恐ろしげで雰囲気は出ていたのですが、もう少し迫力があると良かったです。
“DJ”アテナはハイヒールを履いた男性が演じていました。ときどき、音楽に合わせてレコードを回すしぐさ。あ、アテナが立会人であることとか、原告・被告人・弁護人の間を取り持つ調整役、という意味もあったのかな。
クリュタイムネストラの告白の直前とラスト直前に、劇の進行と一見関係のなさそうな、男女(オレステスとクリュタイムネストラ)の食事のシーンがありました。向かい合ってナイフとフォークを使う二人は、穏やかな雰囲気。でも、突然どちらかが前のめりになって倒れ、その時間が途切れる、といった場面。
これは意味がよく分からなかったのであとで詳しい方に聞いてみたんですが、オレステスの幻想なのだ、ということでした。本当は家族と幸せに暮らしたかったのに…、ということか。そういえば、2002年に劇団キンダースペースが上演した『オレステス』でも、これに似た場面があったのを思い出しました。
ラストシーン、原作でもアテナを先頭に行列を作って退場歌を歌う、となっていたところ。実はこのシーンが一番好きでした。出演者全員が、音楽に合わせてダンスしながら退場。もしかして皆さん、こちらの方が本業? と思ってしまいました。
【DATA】
スタッフ
照明:佐々木真喜子/音響:杉澤守男/衣装:久保田薗美鈴/美術:棈木陽次/協力:飯尾和義、岡野圭、加持慶一、寺尾恵仁、井上晋平、石垣直、柚木佑美、かえってきたゑびす、スターライトプロジェクト
キャスト
オレステス:辰巳蒼生/アポロン:岸建太朗/アテナ:熊谷知彦/復讐の女神:長谷川紀子/クリュタイメストラ:白井さち子/テュンダレオス:進藤則夫
『慈みの女神たち』評リンク
北野研究室
http://www.page.sannet.ne.jp/kitanom/theatre/shizuoka2005-5.html
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「慈みの女神たち」はまだ観たことがないので、本当はこの作品が一番観に行きたかったのですが、感想読んだ限りでは、私にはきっと全然理解できなかっただろうなあと思うので、今回はbounoさんの感想を読んで少し、こういう解釈もあるのだなあと勉強して、また次回別の「慈み~」があったら観に行きたいなあと思いました。
相性もあるのかもしれないなあ、と思いました。生のお芝居って、抽象的な表現だったりすることも多いので、見る人によって好き嫌いがすごくはっきり出るんですよね。そういうところも面白いと思います。
『慈みの女神たち』は、『アガメムノン』『供養する女たち』と合わせて、三部作の『オレステイア』として上演されることもときどきあるそうです。私はずっと見逃してて、まだちゃんと三部作を見たことがないんですけど…。そんなチャンスもあるといいですね。